岡山県、長島にて。
岡山県の長島に行ってきたぞ。
長島は、1996年のらい予防法改正までずっとハンセン病患者の方々が隔離されて島です。
このこと、日本人のうち何人が知ってんねやろって驚いた。
わたしも島のこと調べるまで知らんかったし。
この長島以外にも全国で13箇所、国立のハンセン病療養所があるそうな。
以前はひどい差別されてしまう病気やったし、発症してからずっとこの島から出れずに亡くなった人もたくさんいらっしゃる。
被差別の歴史資料をたくさん見せてもらったけど、どこまで書いていいのかもちょっと判断できかねる。
発病してこの島にきた子どもたちが書いた、「お母さんに会いたい」っていう手紙がいくつもあってほんまやるせなかった。
無知って怖いなあ。あっという間に集団暴力になるんやもん。
いまやったら伝染率はかなり低いし治療法もあるという情報があるけれど、
いざ、自分がこの時代に生まれていたとして、隣人が発症したとしたら、どんな風にその人に接っしたんやろうかと。考えたらめちゃ怖い。
まさに、罪を憎んで人を憎まずっていう言葉が思い浮かんだ。
無知を憎んで、というべきでしょうか。
現在も、長期間の隔離生活で身寄りがなかったり、社会復帰は難しい年齢になってたりするから、
そのままこの島で生活されている方も大勢いらっしゃいます。
以前は通貨も円じゃなくてこの島特有のブリキ製のものを使っていたっていうから、金銭感覚とかも違ったんやろうなあ。
強制収容で、構造的に逃げ出せんようにいろいろ制度があったみたい。
で、この写真は1988年に開通した「人間回復の橋・邑久長島大橋」です。
初めて本土とつながった橋。
開通当初、みんなが泣きながら渡っているVTRとか見たので、
わたしもタクシーから降りて歩かせてもらいました。
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